優しさは強さ

尊敬する先輩の先生から教えていただいた言葉です。

優しさは強さである

合唱コンが大好きな理由の一つは、優しさは強さであることを証明してくれるから。
合唱はすばらしい心を育ててくれる。
合唱によって心が育つ。
心が一つになって歌うときなんかそれはすごい…。
また、陰で頑張っていたり、歌を一生懸命歌っている仲間を見ると、「学級のためにあの子は…」ってうれしい気持ちになる。
その瞬間「ありがとう、その思い、絶対に無駄にはしない」って気持ちになる。
それこそ指揮や伴奏をになう者は、きっと他の子の数倍、数十倍練習している。
「○○がやってくれるから、歌いやすい!ありがとう」とこんな言葉をかけてくる人もいるだろう。
指揮者や伴奏者は、その言葉から勇気と、さらなるやる気をえたに違いない。
「ありがとう。期待に応えるからね…。」そんな思いを抱く。

「仲間のために自分をいかす」「自分の言葉や行動が人から感謝される」これがとても大きな喜びになる。
本当に自分を必要としてもらえる。
「ありがとう」を素直に言ってもらえるということは…。
そして、素直に「ありがとう」を言えることは…。

クラス内に「ありがとう」という言葉が行き交うようになれば、そのクラスは強い。
学級の誰かが自分の欠点なり、弱点を公表しても、助けてもらうことができる。
だから「ありがとう」が言える。
こうした助け合いの仕組みができている学級は実に強い。
逆に言えば、強いクラスほど、「ありがとう」が聞こえる。

なぜか…。
それは、クラス内で“足の引っ張り合い”がないからだ。
感謝を感じない、いわば“なれあい”がないからである。
“なれあい”の集団は、ルールや厳しさがない状態であり、仲間を心から信じられない不安が、必ずクラス内のマイナス競争を生むからだ。
そういったクラスでは、人のために貢献しようとしなかったり、頑張っている級友をねたむ「ひがみ」が生まれたりする。
そんなクラスが強いわけがない。
聞いているものを感動させる歌声になるわけがない。
もめごとが多いときほど、「ありがとう」の声は少ないものだ。

最も美しい日本語は「ありがとう」だと思っている。

だから…

「ありがとう」を一つでも多く言ってもらえる人になろう

「ありがとう」を一つでも多く言える人になろう。

人生の中で最も幸せな瞬間は、人から「ありがとう」を心の底から言ってもらえたとき、あるいは、心の底から「ありがとう」を言いたいと思える人に出会えたときだと思っている。

合唱の練習は、それこそ波瀾万丈だ。
うまくいくときもあれば、もめるときもある。
いけるかも…、と思えるときもあれば、もうダメだ…と思えるときもある。
それが普通だ。

でも、どんなときも、とりわけうまくいっていないときこそ、仲間への感謝の気持ちを忘れてはいけない。
学級が下向きのときほど、他人の嫌なところが見えてしまうから「ありがとう」をいう気分になれない。
だからこそ、そんなときこそ、周囲のよさを見つける努力をしてごらん。
不思議と「ありがとう」が言えるようになるから。

逆にうまくいっているときに気をつけたいことは、「ありがたさ」を忘れがちになることだ。
「ありがとう」が飛び交う、そんな幸せが当たり前のように感じ、鈍感になっていく。
「ありがとう」が消えていく…。そんな状況をつくっては絶対にいけない。

「ありがとう」は「有難う」とかく。
「有る」ことが「難しい」のだ。
生きていけば、うまくいくことはめったに起きないということ。
だからこそ、時に起こるうれしさは「ありがたく」感じるものなのだ。

そんな「ありがたい」ことを何度も起こすこと…
つまり、「ありがとう」が何度も聞こえる空間は本当に幸せなのだ。

合唱コンの練習中、あるいはコンクール後、そんな幸せな瞬間が訪れたら…
どんなにうれしいことだろう。

心の底から人に「ありがとう」を言いたいくらいに頑張ってみれば、そのときは必ず人の心を打つ合唱になるはずだ。

それが学級の強さを支える。優しさは強さなのだ。

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