
はじめに
職場体験が近づくと、先生の頭にはこんな心配が浮かびませんか。
「うちの生徒、事業所の玄関でちゃんとあいさつできるだろうか」
「電話をかけさせたら、途中で固まってしまわないだろうか」
「お礼状って、何を書かせればいいんだろう」
私も担任をしていたころ、毎年この時期になると、同じ心配をしていました。
実は、私にはこんな失敗があります。
若手のころ、「しっかりあいさつをしてきなさい」とだけ伝えて、生徒を送り出しました。
初日、事業所の方から「玄関で立ち止まっていましたよ」と聞いて、はっとしました。
生徒にやる気がなかったのではありません。
何を、どの順番で言えばいいのか、その言葉を私が渡していなかったのです。
それ以来、マナー指導は「気持ちを求める」のではなく「型を渡す」ことに切り替えました。
あいさつ、電話、お礼状。この三つの場面に三つずつ、合わせて九つの型を用意すると、生徒の動きは驚くほど変わります。
この記事では、その九つを、そのまま授業で使える形でご紹介します。
- 職場体験の初日、玄関で固まらないあいさつの型
- 電話で言葉が止まらない、原稿と練習の進め方
- お礼状が「楽しかったです」で終わらない書かせ方
三つの場面で九つの型
職場体験のマナー指導は、場面を三つに分けると組み立てやすくなります。
一つ目は、初日の玄関でのあいさつ。二つ目は、事業所への電話。三つ目は、終わったあとのお礼状と、当日の動き方です。
それぞれに三つずつ型を用意しました。
九つすべてをやる必要はありません。
学年と時間に合わせて、いまのクラスにいちばん足りない型から選んでください。
型は生徒を縛るものではなく、緊張する場所へ安心して出かけるための道具です。
- ポイント1:あいさつの指導:第一声は三文、返事は三語、身だしなみは前日に確認。
- ポイント2:電話のかけ方の指導:原稿を書き、先生相手に練習し、不在の動きも決める。
- ポイント3:お礼状と当日の動き方:体験中にメモを取り、困ったら「相談です」から。
ポイント1:あいさつの指導 ― 第一声の型を渡す
一つ目は、初日の玄関でのあいさつです。
声の大きさより先に、最初の一言を決めておく。
職場体験の初日に固まる生徒の多くは、人見知りなのではなく、言う言葉を持っていないだけです。
あいさつの指導のポイントを紹介します
なぜ「大きな声で」より「最初の一言の型」なのか
「大きな声であいさつしよう」と言われても、事業所の玄関で最初に口にする言葉は決まっていません。
だから生徒は、立ち止まって考えてしまいます。
そこで、第一声を三文の型にして渡します。
「おはようございます」「(学校名)の(学年)、(名前)です」「今日からよろしくお願いします」。
この三文を、隣の人と三回ずつ言い合う。
言う順番が決まっていれば、緊張していても口は動きます。
事業所の方も、最初の一言が聞こえるだけで、ほっと安心してくださいます。
これだけで、初日の玄関で立ち止まる生徒は、ぐっと減ります。
練習は、教室の入り口に立たせて、本当に玄関に入るつもりで一人ずつやると、定着がまったく違います。
先生が事業所の方の役になって「おはようございます、どちらさまですか」と返すところまでやってみてください。
返ってきた言葉にひるまず、もう一度同じ型を言えれば合格です。
うまくいかなかった生徒には、「型は何回言い直してもいいよ」とひとこと添えます。
敬語を完璧にしなくていい理由
職場体験のマナーというと、つい敬語を全部覚えさせたくなります。
けれど、中学生に完璧な敬語を求めると、かえって口数が減ります。
失敗したくない気持ちが先に立つからです。
そこで、返事を三つの言葉に絞ります。
「はい」「ありがとうございます」「わかりません、教えてください」。
この三語を確実に言えれば、事業所での会話の大半はまかなえます。
特に三つ目は、わからないまま黙り込むことを防ぐ、いちばん大切な一言です。
三語だけなら、全員が一日で覚えられます。
ここを外さなければ十分です。
- はい:指示を受けたら、まず顔を上げて返事をする。
- ありがとうございます:教えてもらったときは、その場で伝える。
- わかりません、教えてください:黙らずに、自分から聞く。
事業所の方にとって、いちばんうれしいのは、敬語が完璧な生徒ではなく、わからないときにすぐ聞いてくれる生徒です。
この考え方を先に伝えておくと、「質問することは失礼ではない」という安心が生まれます。
三語の練習は、先生が質問を投げる形で。「この道具、使ったことある?」「…わかりません、教えてください。」このやりとりを、全員でやります。
身だしなみは注意でなく前日チェックにする
身だしなみは、当日の朝に注意すると、生徒の気持ちを下げてしまいます。
そこで、前日にチェックの時間をとります。
項目は五つだけ。
制服の乱れ、髪、爪、持ち物、そして靴のかかとです。
確認項目は黒板に書いておくと、迷いません。
前日なら、足りないものがあっても家で用意する時間があります。
当日の朝にあわてる生徒が、ぐっと減ります。
先生が見て回るのではなく、二人組で「はい、大丈夫」と確認し合う形にします。
注意される側から、確かめ合う側へ。この切り替えで、生徒の受け止め方がまったく変わります。
ここでも、全員に同じことを求めすぎないことが大切です。
事業所によって服装の指定は違います。
前日の確認では、事業所からの指示を読み直すことを、いちばん最初に入れてください。
持ち物のうち、ハンカチ、筆記用具、メモ帳だけは、必ず机に出させて見せ合います。
メモ帳は、あとのお礼状の材料集めにも使います。
あいさつの指導は、声の大きさを鍛える時間ではなく、安心して第一声を出せる状態をつくる時間です。
三文、三語、前日チェック。この三つを渡すだけで、初日の玄関の景色は変わります。
ポイント2:電話のかけ方の指導 ― 原稿と練習で固まらせない
二つ目は、事業所への電話です。
話す順番を先に紙へ書いてしまえば、あとは読むだけになります。
学校によって、事前の確認や当日の連絡を生徒本人がする場合としない場合がありますが、型を知っておくと、いざというときに役立ちます。
電話のかけ方のポイントを紹介します
なぜ電話の前に原稿を書かせるのか
電話で固まる原因は、緊張というより、頭の中で話す順番を組み立てながら話していることです。
相手の顔が見えない中で順番まで考えるのは、大人でも大変です。
だから、先に紙へ書かせます。
順番は三つだけ。名乗る、用件を言う、「今、お時間よろしいですか」と都合を聞く。
たとえば「(学校名)の(名前)と申します。職場体験の件でお電話しました。今、お時間よろしいでしょうか」。
これを書いて、見ながらかけてよいことにします。
見ながらでも、声に出せたことが何よりの一歩です。
「紙を見ながらでいいよ」と最初に言ってあげると、生徒の肩の力がふっと抜けます。
暗記させようとすると、かえって途中で飛んでしまい、固まります。
私も昔は暗記させて、失敗しました。
読むだけの電話なら、緊張しても言葉は出てきます。
慣れてきたら、原稿から目を離す時間を少しずつ増やせば十分です。
練習は事業所役の先生と一対一でやる理由
電話の練習で効果が大きいのは、先生が事業所の役になって、一対一でやることです。
生徒同士のペア練習は、笑いが出てしまい、本番の緊張が再現されません。
先生が「はい、事業所です」と落ち着いた声で出ると、生徒はぐっと本番に近い気持ちになります。
練習は一人二回で十分です。
一回目は原稿を見ながら、二回目はなるべく顔を上げて。
終わったら必ず、よかった点を一つだけ伝えます。
数分で終わる練習でも、受話器を持つ感覚は体に残ります。
本番前に一度でも声に出しておく意味は大きいのです。
- 名乗る:学校名と名前を、はっきり言う。
- 用件を言う:「職場体験の件で」と、最初に目的を伝える。
- 都合を聞く:「今、お時間よろしいでしょうか」と確かめる。
全員を授業時間内に回すのは難しいので、昼休みや放課後に五人ずつ、少しずつ回します。
順番を待つ生徒には、隣の席で原稿の読み合わせをさせておくと、待ち時間も練習になります。
先に終わった生徒が、次の生徒に「紙を見ていいよ」と声をかける。そんなあたたかい流れが、自然に生まれることもあります。
不在のとき・かけ直しのときの動きを決めておく
電話は、思いどおりに進まないことがあります。
担当の方が不在だったり、「あとでかけ直して」と言われたり。
そんなとき、生徒がいちばん焦るのは、次に何を言えばいいかを決めていないからです。
だから原稿の最後に、場面別の一言を書き足しておきます。
不在なら「それでは、あらためてお電話します」。かけ直しなら「何時ごろがよろしいでしょうか」。
切るときは「失礼します」と言って、静かに受話器を置きます。
この三行が原稿の最後にあるだけで、安心感が違います。
付け加えるなら、聞き取れなかったときの一言も書いておくと安心です。
「恐れ入ります、もう一度お願いできますか」。
この一言があるだけで、聞き返すことへの怖さが小さくなります。
どんな電話でも、うまくいかないことはあるものです。
うまくいかなかったときにどう動くかを知っていれば、電話は怖いものではなくなります。
電話の指導は、話し上手を育てる時間ではありません。
原稿、練習、不在のときの動き。この三つを渡して、受話器を持つ手の力を抜いてあげる時間です。
ポイント3:お礼状の書き方と当日の動き方 ― 材料と相談の型
三つ目は、体験が始まってからと、終わってからの動き方です。
お礼状は文章力ではなく、書く材料の量で決まります。
材料集めは、体験の最中にもう始まっています。
お礼状と当日の動き方のポイントを紹介します
お礼状が書けないのは文章力の問題ではない理由
お礼状を前に鉛筆が止まる生徒は、文章が苦手なのではありません。
書く材料が手元にないだけです。
体験が終わってから「思い出して書きなさい」と言うと、ほとんどの生徒が「楽しかったです」の一文で止まります。
だから、材料集めを体験の最中に始めます。
毎日、帰る前に「教わったこと」と「うれしかったこと」を一行ずつメモする。
この二行の積み重ねが、そのままお礼状の中身になります。
メモは付箋一枚でも、手帳の端でもかまいません。
三日間なら六行の確かな材料になります。
書き出しは、三行の型を渡します。
一行目は、体験をさせてもらったお礼。二行目は、メモから選んだ具体的な出来事を一つ。三行目は、これから自分がどう生かしたいか。
例文はあえて一つだけ見せ、「この通りに書かなくていい、中身はあなたの体験を入れてね」と伝えます。
丸写しを防ぎながら、書き出しの不安だけを取り除けます。
例文の丸写しを防ぎ、気持ちを乗せる書かせ方
例文を配ると、全員が同じ文面で出してきます。
事業所の方が受け取るお礼状が、全部同じ言葉では、気持ちは伝わりません。
そこで、例文は型として見せ、一か所だけは必ず自分の言葉で入れるルールにします。
入れるのは、体験中のメモにある具体的な場面。
「箱を運ぶのを手伝ったとき、ありがとうと言ってもらえてうれしかった」のような一文があれば、それだけで読む人の心に届きます。
一文だけでも、その生徒にしか書けない中身になります。
ここが、お礼状の価値を決める部分です。
- 一行目:体験をさせてもらったことへの、お礼を書く。
- 二行目:メモから選んだ、具体的な出来事を一つ入れる。
- 三行目:学んだことを、これからどう生かすかを書く。
添削は、誤字脱字と敬語だけに絞ります。
内容そのものに赤を入れすぎると、せっかくの本音が消えてしまいます。
書き終えた生徒には、「この一文がいいね」と、先生の言葉でひとこと返してあげてください。
お礼状は、書いた生徒にとっても、体験をふり返る大切な時間になります。
困ったときは「相談です」から始める当日の約束
当日の事業所では、予想外のことが必ず起きます。
わからない作業を頼まれたり、遅れそうになったり、体調が悪くなったり。
そんなときの最初の一言を、前日に一つだけ決めておきます。
「相談です」。
この一言から始めれば、何を話せばいいか迷っても、事業所の方が耳を傾けてくれます。
遅れそうなときは、学校と事業所の両方に連絡する。この二つも、前日に確認してください。
短い言葉ほど、緊張していても口から出てきます。
この一言を決めておくだけで、ひとりで抱え込む生徒は減っていきます。
ここで伝えたいのは、困ることは失敗ではない、ということです。
困ったときに報告できる生徒は、職場でも信頼されます。
そのことを、前日の10分で語ってあげてください。
「困ったら、まず相談です。それが、いちばん相手の役に立つ行動だよ」と。
この一言があるだけで、生徒の足取りは軽くなります。
お礼状と当日の動き方は、生徒の「ひとり」を減らす型です。
私が担任をしていた年の学級通信にも、職場体験の前に書いた号があります。
マナーの話に入る前に、生徒にどんな目的で行ってほしいかを伝えた号です。
一部だけ紹介します。
学級通信より|2年生・11月|3年間で1,000枚以上のうちの1枚
「自分自身を知る職場体験に」
職場体験の事前訪問が始まった日の号です。担任自身が読んで考えさせられた本の一節を紹介し、「あなたはどういう人間ですか」「一番大事にしていることは何ですか」と突然聞かれて、すぐに答えられる人は少ないと書きました。夢が決まっている人も、まだの人も、職場体験を「自分は何に喜びを感じるのか」を考える場にしてほしいと伝えました。
この号から使えること:職場体験の前は、仕事のマナーより先に「自分を知るために行く」という目的を渡します。大人の担任も「まだ自分がわかっていない」と書くと、生徒は安心して考え始めます。
4月の初日から100号分をまとめた「学級通信100号」は、公式LINEで無料でお届けしています。
明日の確認リスト
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
九つの型を全部やるのは大変ですよね。
明日の教室では、次の確認だけで十分です。
どれも、5分あれば確かめられることばかりです。
確認のあとで、いまのクラスにいちばん足りない型を、一つだけ選んでください。
その一つを授業に組むだけでも、生徒の第一声は変わっていきます。
- 第一声:学校名と名前を入れた三文を言わせ、声が止まらないかを見る。
- 返事:「わかりません、教えてください」を、全員が口に出せるか確かめる。
- 電話:原稿は紙に書いてあるか。まだ書けていない生徒を一人見つける。
- メモ帳:お礼状の材料になるメモ帳が、全員の机の上に出ているか確かめる。
- 目的:行く前に「相手の役に立つため」と語る10分が、予定表にあるか確かめる。
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登録された方には「学級通信100号」もあわせてお送りしています。
よくある質問
敬語が苦手な生徒には、どこまで求めればいいですか
求めるのは、三語だけで十分です。
「はい」「ありがとうございます」「わかりません、教えてください」。この三つを確実に言えれば、職場体験の会話の大半は成り立ちます。
敬語を全部覚えさせようとすると、失敗を恐れて口数が減り、かえって事業所の方に伝わらなくなります。
それより、わからないときに聞ける力のほうが、ずっと大切です。
敬語の細かい部分は、体験を通して少しずつ身につくものです。
最初から完璧を目指さないことが、生徒の安心につながります。
言葉づかいを直すのは、体験が終わってからでも遅くありません。
電話は学校が連絡するので、生徒の練習は必要ないでしょうか
学校が連絡する場合でも、練習はしておくことをおすすめします。
理由は、当日に遅れや欠席の連絡が必要になる場面があるからです。
そのときだけは、生徒本人が事業所へ電話をかけることになるかもしれません。
一度でも原稿を書いて声に出した経験があれば、いざというときの落ち着きが違います。
練習は一人1〜2回の短い時間で十分です。
連絡の方法は学校ごとに決まりがあるので、まず学年の方針を確認してください。
短い練習でも、受話器を持つ怖さが小さくなります。
お礼状は、全員同じ文面にそろえてもいいですか
おすすめしません。
事業所の方が読むお礼状は、全員が同じ言葉だと、気持ちが伝わらないからです。
同じ文面が並ぶと、受け取る側には作業のように見えてしまいます。
一人ひとりの体験が違う以上、文面も違って当然です。
型は三行でそろえつつ、体験中のメモから具体的な場面を一つだけ入れるルールにすると、文面が自然に違ってきます。
書き出しの不安を型で取り除き、中身は生徒自身の言葉にする。この分担が、いちばん無理のない形です。
添削は誤字と敬語に絞り、内容には赤を入れすぎないようにしてください。
おわりに
職場体験のマナー指導は、生徒に完璧を求める時間ではありません。
あいさつ、電話、お礼状の三つの場面に型を渡して、安心して出かけられるようにする時間です。
型があれば、失敗しても言い直せます。
事業所の方の前で、生徒が少しだけ胸を張って「おはようございます」と言える。その姿を思い浮かべながら、明日から一つずつ試してみてください。
先生がまず「大丈夫、型があるよ」と言ってあげることが、いちばんの安心になります。
ご視聴ありがとうございました。
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