
はじめに
二学期が始まると、体育祭や部活動の激励会がやってきます。
応援の練習が始まると、必ず出てくるのが「声が出ない」という悩みです。
前で応援団が叫んでいるのに、うしろの列は口を閉じたまま立っている。
そんな光景に、心当たりはありませんか。
つい、やる気がないのか、と叱ってしまう。
けれど叱った次の日、声はもっと小さくなっていた。
私にも、そんな覚えがあります。
声が出ない子の多くは、出したくないわけではありません。
人前で大きな声を出すことが、単純にこわいだけです。
この記事では、その恥ずかしさを越えやすくするための三つの手をお伝えします。
応援指導 3つの手
先に結論からお伝えします。
担任がやるのは、声の大きさを求めることではなく、恥ずかしさを越えやすくすることです。
ひとつ目は、恥ずかしいという気持ちの正体を、先生の言葉で説明すること。
ふたつ目は、最初に本気を見せる人を学級の中につくること。
みっつ目は、行事の本番ではなく、毎日の返事から本気を育てておくことです。
どれも、明日の練習からそのまま使えます。
この三つがそろうと、応援の声は自然に変わっていきます。
- 手1:恥ずかしさの正体を言葉にする:恥ずかしさは変わろうとするから起こる感情だと説明し、気持ちに名前をつける。
- 手2:先に本気を見せる人をつくる:最初のひとりを名前で価値づけ、出てこないときは担任がいちばん大きな声を出す。
- 手3:日常の返事を本気のスイッチにする:返事を相手を大切にする行為と定義し、小さな返事から名前つきで残す。
ポイント1:恥ずかしさの「正体」を言葉にする
応援指導というと、声を大きくさせる技術の話だと思われがちです。
けれど担任が最初にやるのは、声の指導ではありません。
子どもの中にある「恥ずかしい」という気持ちに、先に名前をつけてあげることです。
声が出ない子への最初の一言を紹介します
「恥ずかしがるな」では、声は出ません
応援練習が始まると、まず出てくるのが「声が小さい」という悩みです。
前で応援団が叫んでいるのに、うしろの列は口を閉じたまま立っている。
つい、やる気がないのか、と叱ってしまいたくなります。
けれど、叱った次の日に声が大きくなったことは、私は一度もありませんでした。
むしろ、前より小さくなっていることのほうが多かったんです。
声が出ない子の多くは、出したくないのではありません。
人前で大きな声を出すことが、単純にこわいのです。
やる気の問題として扱っている間は、指導は「もっと声を出せ」の一本になり、そこから先へ進めません。
- やる気の問題にしない:出したくないのではなく、出すのがこわい。まずここを取り違えない。
- 叱っても声は大きくならない:叱責のあとは、たいてい前より小さくなる。
- 先に気持ちを扱う:技術より前に、恥ずかしさという感情そのものを言葉にする。
恥ずかしさは、変わろうとするから起こる
では、声が出ない子に何と言えばいいのか。
私が伝えていたのは、恥ずかしいという気持ちの正体のほうです。
恥ずかしさは、頑張ろうとするから、変わろうとするからこそ起こる感情だと話します。
どうでもいい場面では、人は恥ずかしいとすら思いません。
今ここで一歩踏み出そうとしているから、こわくなる。
そう説明されると、子どもは自分の中のもやもやに名前をつけられます。
名前がついた感情は、少しだけ扱いやすくなります。
恥ずかしがるな、と押さえこむのではなく、その気持ちごと連れていく。
これが、応援指導の入り口です。
上手さではなく、「越えたか」で見る
気持ちに名前がついたら、次は見る基準を変えます。
応援練習で私が見ていたのは、上手にできたかどうかではありません。
声を出したこと自体が、ひとつの壁を越えた事実だと考えて価値づけます。
きのうより少し大きくなった子がいたら、その場で名前を呼びます。
そろっているか、格好よく見えるかは、あとからついてきます。
先に整えるべきなのは、一歩踏み出した子が損をしない空気のほうです。
うまさで見られている学級では、自信のない子ほど口を閉じます。
越えたかどうかで見られている学級では、下手なままでも声が出る。
その順番を、担任がぶらさないことが大事です。
- うまさは見ない:そろっているか、格好よく見えるかは、あとからついてくる。
- 越えたかどうかを見る:きのうより少し大きくなった、それだけで壁をひとつ越えている。
- その場で名前を呼ぶ:あとでまとめてほめるより、越えた瞬間に返すほうが残る。
手1でやるのは、語ることと、見る基準を変えることだけです。
それだけで、声が出ない子が「自分はだめだ」と降りてしまうのを防げます。
越えようとしている途中なんだ、と本人が思えることが出発点です。
ポイント2:先に本気を見せる人をつくる
気持ちに名前がついても、だれも声を出さない教室では、やはり声は出ません。
声の大きさは、うまさではなく空気で決まるからです。
最初に本気を見せる人がいるかどうかで、その学級の声の限界値が決まります。
最初のひとりの育て方を紹介します
教えられる側は、教える人以上にはなれない
応援練習を見ていて、いつも思い出す言葉があります。
教えられる側は、教える人以上にはなれない、という言葉です。
先輩が見せた姿が、そのまま後輩の限界値になります。
二年生が一年生に応援を教える場面では、これがはっきり出ます。
二年生が照れながら教えれば、一年生はもっと照れます。
逆に、二年生が本気で声を出して見せれば、一年生の基準もそこまで上がる。
これは学級の中でもまったく同じです。
だれかが先に本気を見せない限り、全体の声は上がりません。
誰が最初に見せるのかを、担任が意識して決めておきます。
- 限界値は先輩が決める:上級生や応援団が照れれば、下級生はもっと照れる。
- 役をつけて頼む:「教える側」に立たせると、本人の本気が先に上がる。
- 担任が決めておく:誰が最初に声を出すのかを、練習前に決めてから体育館へ行く。
最初のひとりが、いちばんこわい
声を出すとき、いちばんこわいのは最初のひとりです。
周りがまだ静かな中で、自分だけが大きな声を出す。
これは大人でも勇気がいります。
だからこそ、最初に声を出した子の名前は、必ずその場で呼びます。
今の一声で、うしろの列まで届いたよ、と具体的に返します。
すると、あの子が出したから自分も、という連鎖が始まります。
その子が損をしない限り、二人目、三人目は必ず出てきます。
ひとりの本気は、学級の基準そのものを引き上げていきます。
逆に、最初のひとりを見逃したまま全体を叱ると、次からだれも先に出なくなります。
担任が、いちばん大きな声を出す
では、最初のひとりが出てこないときはどうするか。
答えは単純で、担任が先に出します。
応援団や実行委員だけに任せて、自分は腕を組んで見ている。
その姿勢のまま、声を出せと言っても届きません。
子どもは、先生が本気かどうかを驚くほど正確に見ています。
私は、応援練習の最初の一回は、自分がいちばん大きな声を出すようにしていました。
先生が本気で恥をかいてくれた、という事実が、子どもの背中を押します。
先に本気を見せるのは、指導ではなく担任の役割です。
それをやってから、はじめて子どもに求められるようになります。
- その場で名前を呼ぶ:「今の一声、うしろまで届いたよ」と具体的に返す。
- 損をさせない:先に出た子が浮いたままになると、次からだれも出なくなる。
- 出てこないときは担任が出す:腕を組んで見ている先生の前で、子どもは本気になれない。
手2は、練習の最初の三分で決まります。
だれかが先に本気を見せて、それが認められる。
この二つがそろった日の練習は、終わりの空気がまるで違います。
ポイント3:日常の返事が、本番を決める
ここまでは、応援練習の場での話でした。
けれど、声がいちばん決まるのは、実は行事が始まる前です。
直前だけ頑張らせても声は出ません。決めているのは、毎日の返事のほうです。
日常の返事を本気のスイッチにする方法を紹介します
行事の直前だけ頑張っても、声は出ません
応援の声は、練習が始まってから育つものだと思っていました。
けれど実際は、練習に入る前の毎日で、ほとんど決まっています。
鍵になるのは、返事です。
普段、名前を呼ばれても小さくうなずくだけの学級が、本番の日だけ大きな声を出せることはありません。
逆に、毎朝の出席確認で気持ちのいい返事が返ってくる学級は、応援練習の一日目から声が出ます。
行事の直前だけ頑張るのではなく、日々の生活全部が行事への準備になっている。
この考え方に立つと、応援指導は九月に始まるものではなくなります。
四月から、毎日少しずつ積み上がっているものになります。
- 出席確認の返事:毎朝の一回が、いちばん回数の多い練習になる。
- 授業のはじめとおわり:あいさつの声は、そのまま行事の声につながる。
- 日常が行事をつくる:行事前だけ頑張らせるのではなく、普段の所作を本番の土台にする。
返事は「本気のスイッチ」
生徒の日記に、こんな一文がありました。
激励会の練習で、部長が返事を頑張ろうと最初に声をかけてくれたから、どこよりも本気で返事ができた気がする、と。
そして、返事だけでなく行進も一つ一つの行動も本気でやりたい、と続いていました。
返事に本気を出せた子は、そのまま行進にも応援にも本気を出せる。
ひとつの所作に本気を出せると、すべてに本気を出せるようになります。
返事は、いちばん短くて、いちばん深い所作です。
だから私は、返事を本気のスイッチと呼んでいます。
声を出す指導の入り口は、体育館ではなく、朝の教室にあります。
小さな返事を、名前つきで残す
返事の指導で気をつけているのは、大きさを求めないことです。
返事は、声の大きさの練習ではありません。
呼ばれたら返す、という相手を大切にする行為だと定義します。
そう伝えたうえで、小さくてもきちんと返した子を見つけたら、その場で名前を挙げます。
入学初日の学級通信に、一つ一つの言葉に返事をする人がいた、と書いたこともあります。
最初から価値ある行動として扱われた子は、それを正しい行動として身につけます。
大きな声を出せた子だけをほめていると、出せない子は最初から降りてしまう。
小さな返事を名前つきで残すことが、九月の応援につながっていきます。
- 大きさを求めない:返事は声量の練習ではなく、相手を大切にする行為だと定義する。
- 小さくても名前を挙げる:見つけたその場で、実名で価値づけて返す。
- 学級通信に書き残す:「よき姿」として文字にすると、学級の基準として定着する。
手3は、行事のための指導ではありません。
けれど、いちばん本番に効きます。
毎朝の返事が変わった学級は、応援でも合唱でも、最初から声が出ます。
おわりに
三つの手は、それぞれ独立したものではなく、つながっています。
気持ちに名前がつくから越えようと思えて、先に出す人がいるから続けられて、日常の返事があるから本番で出し切れる。
ひとつでも欠けると、行事の前だけ大声を出して、終わったら元どおり、という学級になってしまいます。
明日ひとつだけやるなら、朝の会で語ってください。
恥ずかしさは、変わろうとするから起こる感情なんだ、と。
二分で足ります。
そのうえで、練習で最初に声を出した子の名前を、その日のうちに呼びます。
応援できる学級は、行事にも強くなります。
声の大きさではなく、越えようとした姿を見てあげてください。
その視線が、子どもの一歩をいちばん後押ししますよ。
ご視聴ありがとうございました。
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